史実にリアリティは無い

私の持論。

史実はリアルなものであっても「リアリティ」は無いんですよ。
詰まるところ、リアリティとは何かということにつながる質問ではありますが、私はリアリティとは「説得力」ではないかと考えています。
念密な取材に基づく描写であるとか、しっかりした論理や各人の行動意思に基づくストーリー展開であるとか、ある種のイベントや修行の積み重ねであるとかがバトルの最後に逆転を産むとか、描写に対する説得力こそがリアリティの正体…とまで言い切れなくても大きなウェイトを占めていると思います。

一方で現実世界はどうかというと、偶然やら情報の欠如やら人間の慢心やらなんやら、あらゆる要因により極端な結果というものが本当に頻繁に発生してしまうものです。このことで私の頭に浮かぶ「リアリティの無い史実」の代表例は真珠湾奇襲です。 「ハワイまで隠れて出動していた日本の機動艦隊による奇襲の一撃で、開戦直前にアメリカの太平洋艦隊が事実上消滅した」 これは確かに史実ではありますが、リアリティ、ありますか?ご都合主義で片づけられてもおかしくないですか? このような壮絶な結果を招いた説明は後からいくらでもできるとはいえ、主な要因はアメリカ人の慢心であったり、航空主兵に目覚められた運の良さであったり、あるいは戦闘の中で発生していた小さな偶然の積み重ねであったりするわけです。大局的に見れば「ナメてかかっていたら一発喰らってすべてが終わった」を国レベルでやらかしたというわけです。これに強い説得力があるかと言われれば疑問でしょう。(何せ一部の部隊だけというわけではなく、本当に全戦艦が撃沈されたのですから…)

これが「リアリティのある作品」であるならば、前の戦争で同じように奇襲攻撃を行い相手艦隊に大打撃を与え、太平洋に展開してた戦力だけなら互角以上であった国の海軍を舐め腐るにたる理由付けを行う必要があるわけですよ。諜報戦で空母の数を完全に誤認させていたとか、航空機の力に日本だけが気づいていたとか。 しかしそんなこともなく、史実には数々の偶然が生み出した結果だけが残ってしまい、説得力の薄い「リアル」だけが残ってしまうわけです。 これこそが史実にはリアリティが無いという持論を持った理由というわけです。